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仙台地方裁判所 昭和61年(ワ)291号 判決

原告

岩間俊明

被告

上村昭蔵

主文

一  被告は、原告に対し、金二三三万三七二九円及びこれに対する昭和五八年四月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立

原告は、「被告は原告に対し、金五〇六万九三九四円及びこれに対する昭和五八年四月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めた。

被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

原告は、昭和五八年四月一三日午後五時三〇分ころ、栃木県足利市大前町二六八番地において、原告運転の自動二輪車(以下「原告車両」という)に被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車両」という)が側画から衝突した事故により左足関節周辺骨折、左第五中足骨骨折の傷害を受けた(以下「本件事故」という)。

2  被告は、本件事故当時被告車両の所有者であり、被告車両を自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償法三条により本件事故によつて原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  損害

(一) 治療費 五九四〇円

原告は、訴外東北労災病院に対し治療費として五九四〇円を支払つた。

(二) 付添看護費 一七万五〇〇〇円

原告は五〇日間の付添看護が必要であつたところ、右費用は一日当り三五〇〇円が相当であるから合計で一七万五〇〇〇円となる。

(三) 通院交通費 一万八六〇〇円

原告が仙台市の東北労災病院に通院するため支出した足利市から仙台市までの鉄道運賃(往復)一万六六〇〇円及び東北労災病院までのタクシー代金(往復)二〇〇〇円の合計

(四) 旅費 八万三〇〇〇円

原告の両親は本件事故当時宮城県宮城郡に住んでおり、原告の入院先である足利市内まで五回付添看護のため往復したが、一往復あたり一万六六〇〇円(鉄道運賃)を要したのでその合計

(五) 入院諸雑費 五万九〇〇〇円

原告は五九日間の入院をしたが、入院雑費は一日当り一〇〇〇円が相当であるから合計で五万九〇〇〇円となる。

(六) 謝礼代 九万五〇〇〇円

医師、看護婦、足利工業大学事務局に対し謝礼金として合計九万五〇〇〇円支払つた。

(七) 授業料 四〇万四〇〇〇円

原告は本件事故当時、足利工業大学機械工学科三年に在学し、同学科二年次までに取得すべき単位の大半は取得しており、本件事故に遭遇しなければ四年間で卒業できたのに、本件事故による傷害のため昭和五八年四月一三日から同年六月一日まで入院し、さらに同月末まで自宅療養を余儀なくされたため出席日数が不足し、前記試験を受験できず、結局同学科三年次の専門課程の単位を取得できない事態となつたことから原告の卒業が一年遅れた。そのため原告は、余分に一年分の授業料として四〇万四〇〇〇円を支払つた。

(八) 逸失利益 二五二万円

原告は、昭和三八年二月二五日生まれの健康な男子であり、右のとおり一年遅れたものの昭和六一年三月に右同大学を卒業し、同年四月から仙台市の訴外東北金属工業株式会社に就職した。同社の初任給一四万四〇〇〇円(年間一七二万八〇〇〇円)及び年間賞与七九万二〇〇〇円の合計二五二万円が原告の就職が一年遅れたための逸失利益となる。

(九) 家賃・保証金 二四万八〇〇〇円

原告は、右同大学に通学するため足利市内にアパートを借りていたが、右建物賃貸借契約は四年間の期間であつたため、本件事故による一年間の卒業遅延により昭和六〇年三月に契約を更新し、右更新時に保証金二万円を支払い、かつ、同六〇年四月から同六一年三月まで一ケ月一万九〇〇〇円づつ合計二二万八〇〇〇円を支払つた。

(一〇) 慰藉料 一〇〇万円

原告は、昭和五三年四月一三日から同年六月一日まで付添看護を五〇日間必要とする重傷を負つて入院し、同月二日から昭和五九年三月一四日まで通院したこと、及び大学の卒業が一年遅れて非常な精神的苦痛を被つたことなどから慰藉料は一〇〇万円が相当である。

(一一) 弁護士費用 四六万〇八五四円

右(一)ないし(一〇)の合計四六〇万八五四〇円の一割である四六万〇八五四円が本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用というべきである。

4  よつて、原告は、本件事故による損害賠償として、被告に対し、五〇六万九三九四円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五八年四月一三日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1および2は認める。

2  同3の(一)ないし(五)は不知

3  同3の(六)ないし(九)は争う。

原告の入院期間は約一ケ月半にすぎず、その後健康が回復してから自習するなどして授業に追いつき欠席した分を挽回することができたと考えるのが自然であり、そのうえで各科目担当教員の裁量による単位の取得をはかり、又、それができない場合でも四年次において卒業研究に仮着手し、これと併行して未済の授業に出て単位を取得するなどの方法により同大学を四年間で卒業することは十分可能であつたのである。原告の卒業遅延は、原告が以上の様な努力を全く怠り、昭和五八年の夏休以降の三年次の授業に出席せずにぶらぶらとしていたことが原因と言うべきであるから、原告の卒業遅延は本件事故と相当因果関係がない。

なお、仮にそうでないとしても、請求原因3の(八)については、原告は本件事故当時無収入であつたこと、原告主張の逸失利益は本件事故から二年半も経過してから就職の内定した東北金属工業における賃金等を根拠に算定したものであることからすると原告の主張は理由がない。

4  同3の(一〇)及び(一一)は不知

三  抗弁(過失相殺)

原告には駐車中であつた被告車両の動静に対する注意を怠り、本件事故現場を時速四〇キロメートルの速度で進行した著しい過失があるから原告の損害につき二〇パーセントの過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁(過失相殺)は争う。本件事故は被告車両が徐行せずに右方の安全確認を全然しなかつた著しい過失により発生したものである。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(本件事故発生の事実)及び同2(責任原因事実の存在)はいずれも当事者間に争いがない。

二  次に損害について判断する。

1  治療費 五九四〇円

成立に争いのない甲第四号証及び証人岩間幸治の証言によれば、原告は東北労災病院で診断を受け、同病院に対し五九四〇円が支払われたことが認められる。

2  付添看護費 一七万五〇〇〇円

成立に争いのない甲第五号証及び右証言によれば、原告の入院期間のうち五〇日間は近親者の付添看護を要したと認められ、右付添費用については一日あたり三五〇〇円が相当であるから、五〇日間で合計一七万五〇〇〇円を要したものと算定する。

3  通院交通費 一万八六〇〇円

前記証言により成立が認められる甲第七号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告が東北労災病院における診断のため請求原因3(三)記載のとおり交通費として一万八六〇〇円を要したものと認められる。

4  旅費 八万三〇〇〇円

前掲甲第七号証及び前記証言によれば、原告の両親が原告の入院中その付添看護のため原告の許に計五回赴いて、交通費として請求原因3(四)記載の通り合計八万三〇〇〇円を支出したとの事実が認められるところ、前掲甲第五号証により認められる原告の傷害の程度、看護の必要性等諸般の事情からみて、本件原告の両親が五回程度原告の入院先に赴くことは社会通念上相当であると言えるから、右は相当因果関係にある損害と認められる。

5  入院諸雑費 五万九〇〇〇円

前掲甲第五号証によれば原告は更西病院に合計五九日間入院した事実が認められるところ、その間諸雑費を支出したものと推認されるが、その損害としては諸般の事情を考慮し、一日一〇〇〇円が相当であるから、合計五万九〇〇〇円となる。

6  謝礼 四万円

前掲甲第五号証により認められる原告の受傷の部位、程度、治療経過、入院期間等を考慮すると、前掲甲第七号証及び前記証言によつてその支払が認められる医師、看護婦に対する謝礼については四万円の限度で相当因果関係にある損害と認める。

大学職員に対する謝礼については本件事故と相当因果関係にある損害とは認められない。

7  授業料 四〇万四〇〇〇円

まず、原告が本件事故により負傷したことと原告の卒業が一年遅れたこととの間に相当因果関係が認められるか否かにつき検討するに、前掲甲第五号証、成立に争いのない乙第五号証、原告本人尋問の結果を総合すると以下の事実が認められる。

原告は本件事故当時足利工業大学機械工学科三年に在学していたものであるが、本件事故による傷害のため昭和五八年四月一三日から同年六月一日まで更西病院に入院し、さらに同年六月末頃まで自宅療養を要したことから、この間同大学の授業を欠席した。同大学の学科目履修規定では、出席が授業日数の三分の二に満たない場合その学生は試験を受けられない旨定められており、原告は右のように欠席し出席日数が不足したため同大学三年次の前記試験を受験できなかつた。こうした場合、三年次における単位取得は原則として不可能である。同大学同学科を四年間で卒業するためには、四年次当初に卒業研究着手条件を満たしているかが最も重要な点であるところ、その条件とは、〈イ〉専門科目七〇単位以上、〈ロ〉一般教育課程において各区分毎に定められている単位数中取得した単位数と専門教育課程における必修科目の取得単位数の合計が九〇単位以上になつていることである。原告は三年次における単位取得数が不足するため右〈イ〉の条件を欠くに至り、そのため同大学を四年間で卒業することが容易ではなくなり、結局原告の卒業が一年間遅れたものと認められる。

以上の通り原告の卒業遅延は本件事故と相当因果関係を認めることができる。もつとも、履修規定上は受験資格がないものの、実際には担当教員の裁量により単位取得が認められる場合もあるのであり、欠席した分については自習するなどして単位の取得を図り、あるいは四年次において仮着手という形で卒業研究に着手し、これと併行して卒業要件の科目を履修して単位を取得する方法等も存するのであるから、原告が留年することなく四年次で卒業することは必ずしも不可能ではなかつたといえないわけではない。しかし、原告が入院等のため欠席した授業は専門課程の基礎に関するものであるうえ、文科系の学部と異なり実験実習に参加せずに自習によつて知識や技術を習得することが容易でないのは見易いところであり、実力不十分のまま卒業したくはなかつたとの原告の心情も理解しうるので、卒業遅延による学校関係の損害は全部本件事故に基づくものというべきである。

しかるところ、原本の存在及び成立に争いのない甲第八号証の一及び二によれば、原告は入学後五年目の昭和六〇年度分の授業料として同大学に対し四〇万四〇〇〇円を支払つたものと認められるので、この全額が本件の賠償額となる。

8  逸失利益 五一万五〇四八円

原告は卒業遅延により就職が遅れた一年間分の逸失利益を請求している。入院、通院による治療期間が一年に達しないまでも相当長期に及ぶとかの場合であれば、右の如き請求も認容できないわけではないが、原告本人尋問の結果によれば、原告は事故後約二ケ月半後の昭和五八年七月初めには大学の授業に出られるまでに回復したというのである。就業者の場合であれば就業可能な状態になつたわけであり、休業損害―逸失利益として認容されるのは現実の休業期間の分に限られる。

右7で判示したとおり、授業料については一年分全額を本件の損害としたのであるが、これは学生という身分にある者の積極損害であるからなのであり、消極損害たる逸失利益については軌を一にしなければならないものではないと考える。小学生時の事故で卒業が一年遅れ、就職が一年先に延びることが確実になつたところで、これを理由に右の如き請求をしたり、認容したりすることはおそらくないであろうと思われる。

このように見るべきであるから、就業者の場合との均衡上、近い将来就職が見込まれる学生、生徒の場合に限り、現実に登校できなかつたり授業に出られなかつた期間を休業期間と同視し、この限度で逸失利益を損害として計上するのが相当である。原告は大学三年に在学していたのであるから、右の場合に該当するのは明らかである。

昭和五八年賃金センサス第一表「企業規模計、男子労働者、新大卒二〇ないし二四歳」によれば、年間収入として賞与等を入れて合計二〇四万三四〇〇円を得られた筈であつたことが認められ、原告本人尋問の結果及び前掲甲第五号証、成立に争いのない甲第六号証によれば、原告が授業を受けることができなかつたのは、昭和五八年四月一三日から同年六月三〇日までの七九日間と、鋼線抜去のため再入院した翌五九年三月一日から同月九日までの九日間及び更西病院への通院に要した三日間並びに東北労災病院に通院した一日の合計九二日であることが認められるので、右日数の逸失利益額は五一万五〇四八円となる。

なお、原告は、原告が昭和六一年四月から就業した東北金属工業株式会社での収入額を逸失利益の算定の根拠とするが、逸失利益は侵害行為時点において将来展開するであろう事態の平均的蓋然性に立脚して算定するのが公平であると言うべきであるところ、原告が本件事故時同会社への就職が内定していたなどの特段の事情のない本件では原告の主張は採用できない。

9  家賃・保証金 二四万八〇〇〇円

前記証言によれば、原告の両親が宮城県内に在住していたため、原告は、同大学に通学するのに足利市内にアパートを借りる必要が存したと認められるところ、前7項で認定した通り原告は本件事故のため同大学の卒業が一年遅れたものであるから、右一年間のアパートの賃料及びその保証金が本件の損害になるというべきである。

原本の存在及び成立に争いのない甲第九号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和六〇年四月から同六一年三月まで賃料として一ケ月一万九〇〇〇円づつ合計二二万八〇〇〇円及び保証金二万円の総計二四万八〇〇〇円を支出したことが認められる。

10  慰藉料 八〇万円

前掲甲第五号証によつて認められる原告の傷害の部位・程度、治療状況、あるいは前記卒業遅延の事実等の諸事情を総合勘案すると、原告の精神的苦痛を慰藉すべき賠償額としてはこれを八〇万円とするのが相当である。

11  過失相殺

成立に争いのない甲第一〇号証、同じく乙第一ないし第三号証を総合すると以下の事実を認定できる。

(一)  本件事故現場は栃木県足利市内の足利工業大学構内の道路(通称ピロテイー道路)であり、同所道路の両側は駐車場として白線で区切られていた。同大学では同所付近は徐行すべきものとしていた。本件事故当時、同所付近の交通は閑散としていた。

(二)  被告は右駐車場の南側部分の駐車位置から発進し、時速約五キロメートルで進行した。右駐車位置からの前方、左右の見通しは良好であつたが、被告は右方の安全を十分に確認せず、原告車両と衝突するまで原告車両の存在を発見しなかつた。

(三)  原告は同所付近道路の左側車線のほぼ中央を鹿島町方面から葉鹿町方面に向け時速約四〇キロメートルの速度で直進してきたところ、被告車両が突然自車進行方向に進入してきたため急制動をしたが及ばず、被告車両右前部と衝突し、よつて同所付近に転倒した。原告進行方向の見通しも良好であつた。

以上からすれば、被告は発進・左折進行の際、自車右方の安全確認を怠つた過失により本件事故を惹起させたものと認められるが、他方、原告においても駐車中の車両の動静に対する十分な注意を欠き、交通閑散に気を許し、前記のとおり徐行すべきこととされていた大学構内において漫然時速四〇キロメートルの速度で進行した不注意が存したものと認めざるを得ない。

右原告の不注意は、過失相殺として一〇パーセントの割合で減額するのが相当である。

右の結果、原告の損害額は前1項ないし10項において認定した金額の合計二三四万八五八八円の九〇パーセントに当る二一一万三七二九円となる。

12  弁護士費用 二二万円

弁論の全趣旨によれば、原告は被告から損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その費用及び報酬を支払う旨約したことが認められるところ、本件訴訟の審理経過、訴訟の難易、前記認容額、その他本件において認められる諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては二二万円をもつて相当と認める。

三  以上から、原告の被告に対する請求は、被告に対し、二三三万三七二九円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五八年四月一三日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小林啓二)

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